日本財団海と日本海のまちプロジェクト

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インタビュー

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民話が息づく土地「遠野」で
広がる地域活性の輪をプロデュース

ローカルプロデューサー
株式会社富川屋代表
富川 岳
とみかわ がく
1987年生まれ、新潟県長岡市出身。都内の広告会社勤務を経て2016年に岩手県遠野市に移住。デザインや情報発信を生業としながら、岩手の豊かな地域文化に傾倒。民俗学の視点からその土地の物語を編み直し、「いま」を生きる人々の糧とするべく、ツーリズムや商品開発、デザイン、コンテンツ開発、教育機関と連携した取り組みなど、さまざまなプロデュースワークを行う。プロデューサーとして岩手ADC2018コンペ&アワード グランプリ受賞。遠野文化友の会副会長、宮城大学非常勤講師、岩手県経営・技術支援事業専門家、遠野市観光協会理事など、その活動は多岐にわたる。

民話や芸能などの地域文化をどのように活用し、地域の活性化に役立てていくかということは、大きな課題である。日本民俗学の父といえる柳田國男がまとめた『遠野物語』で有名な岩手県遠野市でローカルプロデューサーとして活躍している株式会社富川屋の代表富川岳さんに、地域における民話の活用方法などを伺った。

起業家育成の仕事をきっかけに移住 名産品から郷土芸能まで文化を伝える

ローカルプロデューサーとして遠野で活動されるまでの経緯や現在の活動内容を教えてください。

出身は新潟県長岡市で、その後、東京の広告代理店に勤めていました。いろいろな企業のPRなどの仕事をしていたのですが、「地域おこし協力隊」という、3年間に渡って国から助成を受けながら地域おこしをする制度を見つけたんです。その制度を起業家育成という文脈で活用するプロジェクトを仲間と一緒に遠野で立ち上げることになりました。そのメンバーとして遠野に移住してきたのが2016年です。
最初は、例えば遠野でブルワリー(ビール醸造所)を作る、デザイナーとして活動する、テクノロジーで地域を活性化するなど、いくつかのプロジェクトを立ち上げ、そこに参画してくれる起業家候補の方々を募集するところから始めました。ところがそのうち、自分でもやりたくなってしまったんです。それからはプロデューサーとして企業のブランディングの支援やデザイン、プロモーションなど、地域の企業や人の魅力を発信するような活動をしてきました。

現在はプロデューサー業がメインですね。

たとえば、観光施設のブランディングからロゴ制作はもちろん、全体的なプロモーションも手がけています。企業情報を発信する活動と並行して、地域のいいものを発信する仕事もしています。

なるほど。遠野には「いいもの」がたくさんありそうですね。

ご存知の通り、『遠野物語』がある土地ですからね。とはいえ私自身は『遠野物語』に興味があって移住したわけではなく、あくまで仕事の文脈で来たので、民俗学や民話には馴染みのない領域の人間でした。『遠野物語』を知ったのも、移住してきてからです。遠野の歴史や文化に詳しい79歳になる先生、今の私の師匠ですが……に出会ったことで、民俗学や歴史、文化に興味を持つようになったんです。

現地に入って知った遠野の文化や魅力を伝えるために、どんな活動をされているのでしょうか。

遠野で語り継がれてきた物語を、今を生きる人々の糧とするための取り組みを、2017年に立ち上げました。ツーリズムを企画したり、僕自身がガイドしたり。また、ガイドとなる人の育成も行なっています。

文化を伝えるのは、難しいですか?

文化や歴史って難しい領域だと思われがちですよね。だから『遠野物語』をテーマにした演劇をプロデュースしたり、縄文をテーマにした施設の展示企画や土産物の開発など、わかりやすい情報発信を心がけています。それに僕自身、しし踊り(鹿踊、獅子踊り)という郷土芸能の舞い手として、その魅力を発信しているんですよ。

Photo by Ryo Mitamura or 三田村 亮
遠野の郷土芸能の保存と継承はどのような状況なのでしょうか?

遠野には郷土芸能団体が60団体あります。人口でいうと2万5千人のうち、1万人ぐらいが郷土芸能をしているんです。子どもの頃から踊る環境があるので、地域全体の人口に対して、郷土芸能人口は多いと思います。
ただ、団体によっても状況は違います。遠野も人口減少は進んでいて活動を停止した団体も出てきています。現在は地元の人だけでなく、興味をもった他エリアの方にも門戸を開き、祭りに参加してもらうなど、継承していくための試行錯誤を繰り返しているところです。
僕が関わるしし踊りで言うと、アーティストグループ「水曜日のカンパネラ」で2021年までボーカルを担当していたコムアイさんが関わってくれています。若者への影響力は大きく、「私も踊りたい」という声がとても増えました。

郷土芸能団体の中には年配の方が子どもたちに民話を語る場面もありますか。

リアルな話をすると、今の大人世代で遠野の民話に詳しい人は少ないんです。地域あるあるですが、地域の中で生きている人ほど、文化や歴史に興味を持たなくなる。だから、むしろ移住者の方が『遠野物語』などを積極的に読んでいる印象です。
でも、その状況が変わりつつあるようにも感じます。移住者が「『遠野物語』って面白いじゃん」と盛り上がっていると、地元の人が「そんなに価値があるのか」と自覚し始めているように見えるんです。実際、遠野出身のUターン者がガイドを務めるという動きもあるんですよ。

小学校や中学校での地域社会教育の状況はいかがですか。

今は郷土教育をしっかり行うカリキュラムになっていて、小学校で『遠野物語』を読んでいますし、遠野小学校では、『遠野物語』をテーマにした演劇を毎年行なっています。

富川さんの活動の中で民話を活用する事例はありますか。

むしろ活動のベースにあるのが『遠野物語』ですね。それを基にツアーを作ったり、土産物を作ったり、コンテンツを作ったりしていますから。必然的にすべてが民話をベースにした活動になっています。
中でも今、力を入れているのが、漫画家の五十嵐大介さんに描いていただいた『Nui』という作品です。『Nui』とは『遠野物語』に登場する伝説の猟師「旗屋の縫」のことですが、これまであまりスポットライトが当たることはなかった存在です。それが、フィールドワークをしているうちに子孫の方と出会うなどのご縁があり、この猟師をテーマに短編映画を作りたいと考えています。400年前に猟師が住んでいた山の雰囲気や信仰を伝えていく映像作品を目指していますので、思いきり民話をテーマにした取り組みです。

『Nui』富川岳・作 五十嵐大介・絵
すばり、民話は地域活性に役立っていますか。

「遠野は『遠野物語』があっていいね」とよく言われます。でももちろん、民話は日本中あらゆるエリアにありますよね。その土地で数百年にもわたって息づいてきたストーリーには必ず意味があると思うんです。その土地を知る上で大切な教訓だったり、少しカッコよく言えばシビックプライドみたいなものだったり。それを活用していくことは必ず地域活性につながっていくだろうと、とても可能性を感じています。

まとめ

当初はビジネスとして遠野に移住した富川さん。移住した地で『遠野物語』に出会い、さらに郷土芸能の舞い手になるほど地域にコミットし、ついには地域活性のビジネスを始めるまでに至った。『遠野物語』という日本を代表する民話とともに、富川さんは遠野と世界をつなげようとしている。

2023年2月15日公開、2024年3月19日再掲載
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